大学になぜ行くのか? 学歴は大切という本当の意味

大学になぜ行くのか? 学歴は大切という本当の意味

大学行かずにサロンで勉強すれば良いというのはステルスマーケティング戦略

大学なんか行かないで、オンラインサロンで学べるという主張が話題になっています。

 

最初は冗談だろと思っていましたが、少し穿った見方をすれば、これは自身のポジショントークが入っていて、金銭的な事情だったり何らかの事情で大学に行けなかった人たち向けに、「大学なんか行かなくていいんだ」と安心させて、「その代わりにサロンで勉強すればいいんだよ」というステルスマーケティング戦略であることに気づきました。

 

こういうのを信じて大学なんか行かなくてサロンで学ぼうと思ってしまうような人は、「自分の頭で考える」ことができない人なので、大学に行った方が良いと思います。

 

まず前提として、大学に行かなくてもいいとの主張は、がっつり有名大学卒という経歴、かつ、自分のフィルードでの成功者という「生存者バイアス」がかかっている強者の理論です。

 

大学に行かなくてサロンで学べば良いのは、堀江貴文さんや落合陽一さんのような普通ではない思考と行動ができるような人たちだけです。

 

「大学なんて行かなくていい」と主張する人が自己紹介に早稲田大学卒、慶応大学卒とか書いてあることの滑稽さを感じませんか?

 

サロンに入ったことで稼げるようになる人もいると思いますので、全面的に否定はしないですし、退路を断つ・集中できる時間を作るという意味で大学に行かないのも選択肢として有りだとは思います。

 

ただし、大学に行かないでオンラインサロンで経験値を積むことで社会で活躍する人もいるとは思いますが、そういう人は大学に行っても卒業後は社会で活躍できるだけの優秀な人であり、そういう意味ではオンラインサロンというのは、優秀な人間の選択肢の一つであって、凡人の起死回生の場ではないと言えます。

 

さらに言えば、サロンでできることは、全部大学通いながら同時進行で出来ることで、そこでどちらが自分に合っているかを検討すれば良い問題です。

大学は未来の職業選択や所得面で有利になりうる保険

まだ目的が定まらない学生にとって、大学に行くことは、未来の職業選択や所得面で有利になりうる大きな保険になります。

 

高学歴芸人として有名な京都大学卒業の宇治原さんを相方に持つロザンの菅さんは「学歴は浮き輪」と表現しており、言い得て妙だなと感じました。

 

「学歴は浮輪のようなもの。自分の子供が海やプールで泳ぐときに、親は最初、浮輪をつけさせますよね。自分が浮輪をつけていなかった人は泳げたけれども、すごくしんどかったと思うんですよ。だから子供には浮輪を使わせたい」と述べていました。

 

保険というと少し守りに入っているというか逃げの姿勢を感じるかもしれませんが、要するに大学に行くことで選択肢を増やすことが可能だと言うことです。

 

中学・高校生くらいで明確に自分が進みたい道を見つけることができる人もいますが、大半は自分が何をしたいかなんて分からないものです。

 

そうした中で、自分で考える力を養うために大学で勉強することは、将来の自分にとって大切な時間となりますし、学歴がないという理由だけで自分がなりたい職業になれないこともあります。

 

また、個人の独創性や創造性といった特殊な能力は教育で育てるようなものではなく、個人の資質が圧倒的に大きい部分ですが、個人の資質は「与えられるもの」ではなく「引き出すもの」であり、それを引き出せるのは本人を除けば同様な資質としかるべき経験を持っている他人だけであり、そもそも引き出せるものがなかったり、あったとしてもしかるべき時に良い出会いがなければ、いくら努力しても引き出せません。

 

そういった意味でも、大学に行って自分と似たような感性や経験を持っている人に出会うことが大切なのです。

学歴は大切という本当の意味

大学の話をすると、「学歴なんて関係ない」という言葉を口にする人が必ずいてうんざりします。

 

もちろん学歴が全てではないですが、学歴が武器になるのは間違いないですし、学歴だけであなたの言葉の説得力が変わるというのは悲しい事実です。

 

学歴で言葉の説得力が変わるというのは、裏を返せば、いかにその人の言葉や主張の本質を捉えずに、肩書きのみで言葉の重みを判断していることの証左でもあり、自分で考えることを放棄した人が世の中にいかに多いかということを示している側面もあるかと思います。

 

「学歴で見る社会がおかしい」、「勉強が苦手でお金なくて大学行けない人はどうするんだ」という意見もありますが、学歴がないからダメという単純な話ではなくて、高学歴であることは、「その人の頭の良さを示す指標ということではなく、一生懸命頑張って努力をしたという1つの証」なので、その頑張りを社会が「素直に凄い」と評価するのは当然だと思いますし、それを否定するような人間にはなりたくありません。

 

様々な考え方があるだろうから、「学歴なんて関係ない」と批判するのも結構ですが、その言葉が一生懸命勉強して来た人の努力を否定する言葉でもあることを考え、自分がその人に負けない努力を何かしたことがあるのかと自問してみると良いかもしれません。

 

また、学歴は全てではないですが、少なくとも社会的に成功して名声を集めている人は名門大学に入学してる人が多いのも事実であり、そもそも能力が高い人が名門大学に多いというのもまた事実です。

 

そして、なぜ名門大学に行くかというと、そのネットワークというのが、社会人になってから役に立つからという側面もあると思います。

 

実際、なぜ東大に入学したのかという話を東大生とすると、「東大」という信用・ブランドがほしかったり、そこで培う人脈こそが将来のために重要だとよく言います。

 

私は代ゼミが無料で授業を受けさせてくれたおかげでハンデ戦を回避できましたが、そもそも受験は親の金銭的な事情が大きく影響するハンデ戦でもあるので、自分の学歴に劣等感を持って恥じる必要もないと思いますし、人間的にどっちが上だとか下だとか、優れてる劣ってるとかいう次元の話ではなく、他人の努力を尊重できるか否かというそれだけの問題だと思っています。

 

苦労した経験がある人は分かると思いますが、勉強は基本的にはとても孤独な作業で、学生時代というのはある種の孤独と戦う時間でもあると思います。

まとめ

大学なんか行かないで、オンラインサロンで学べばいいという主張が話題になっていますが、これは、金銭的な事情だったり何らかの事情で大学に行けなかった人たち向けに、「大学なんか行かなくていいんだ」と安心させて、「その代わりにサロンで勉強すればいいんだよ」というステルスマーケティング戦略です。

 

私だって大学に行かずに資産運用の勉強をしていればよかったと思うこともありますが、それは大学を出て自分が希望していた職場で働けているという状況を踏まえての判断ですので、資産運用に目覚めた現在の思考の下で学生の頃に戻ったとしても、大学は絶対に行った方が良いと考えています。

 

まだ目的が定まらない学生にとって、大学に行くことは、未来の職業選択や所得面で有利になりうる大きな保険になります。

 

また、高学歴であることは、「その人の頭の良さを示す指標ということではなく、一生懸命頑張って努力をしたという1つの証」なので、その頑張りを社会が「素直に凄い」と評価するのは当然だと思いますし、学生の頃に努力が結果を生むという小さな達成感を味わっておくのは、次の学びのために極めて重要なことです。

 

そして、私の大好きなアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」で比企ヶ谷くんも言っているように、報われないことがあっても、努力をした、頑張ったという事実が慰めになることもあります。

 

 

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