株式投資に目覚めた群馬の至宝

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聖の青春 読むべき1冊!

   

不朽の名作

自分がもうすぐ死ぬかもしれない状況下で、どうしてもやり通したいことがある人がどれだけいるでしょうか?

本書はそんな将棋に命を懸け、29歳という若さでこの世を去った「村山聖(さとし)」さんの生涯を描いた作品です。

名人に手が届くあと1歩というところで不幸にも病気に倒れてしまいました…

点数を付けるのがおこがましいですが、小説版は私の中では「100点」です

私が「村山聖」さんという天才を始めて知ったのは、「栄光なき天才たち〜名も無きヒーローに学ぶ幸せの見つけ方〜」というテレビ番組を見たことがきっかけです

出典:公式ホームぺージ

 

中田英寿さんと財前宣之さんの逸話に興味があって見ていたのですが、何気なく見ていた羽生名人と村山聖さんを巡るストーリーの方に完全に心を鷲掴みにされました。

羽生名人が将棋界にブームを起こしていた当時のことを残念ながらよく知らず、当然、村山聖さんのことも全く知りませんでした。
 

最近では、中学生のプロ棋士が誕生したり、将棋を題材にした漫画「3月のライオン」の人気もあってか、将棋が再び注目を浴びています。

この人気コミック「3月のライオン」に登場する、主人公の幼馴染にしてライバル棋士・「二階堂晴信」は、この村山聖さんがモデルになっているといわれています。

お金持ちという設定は異なりますが、病弱という部分やルックスはおそらく彼をモデルにしているとみられます。

出典:アニメ公式ホームページ

あらすじ

1994年、大阪。路上に倒れていたひとりの青年が、通りかかった男の手を借りて関西将棋会館の対局室に向かっていく――。
彼の名は村山聖[さとし](松山ケンイチ)。現在七段、“西の怪童”と呼ばれる新世代のプロ棋士だ。聖は幼少時より「ネフローゼ」という腎臓の難病を患っており、無理のきかない自らの重い身体と闘いながら、将棋界最高峰のタイトル「名人」を目指して快進撃を続けてきた。
そんな聖の前に立ちはだかったのは、将棋界に旋風を巻き起こしていた同世代の天才棋士・羽生善治(東出昌大)。すでに新名人となっていた羽生との初めての対局で、聖は必死に食らいついたものの、結局負かされてしまう。
「先生。僕、東京行きます」
どうしても羽生の側で将棋を指したいと思った聖は上京を希望し、相談を持ちかける。先生とは「冴えんなあ」が口癖の師匠・森信雄(リリー・フランキー)だ。聖は15歳の頃から森に弟子入りし、自分の存在を柔らかく受け入れてくれる師匠を親同然に慕っていた。
体調に問題を抱える聖の上京を家族や仲間は反対したが、将棋に人生の全てを懸けてきた聖を心底理解している森は、彼の背中を押した。
東京――。髪や爪は伸び放題、本やCDやゴミ袋で足の踏み場もなく散らかったアパートの部屋。酒を飲むと先輩連中にも食ってかかる聖に皆は呆れるが、同時にその強烈な個性と純粋さに魅了され、いつしか聖の周りには彼の情熱を支えてくれる仲間たちが集まっていた。
その頃、羽生善治が前人未到のタイトル七冠を達成する。
聖はさらに強く羽生を意識し、ライバルでありながら憧れの想いも抱く。そして一層将棋に没頭し、並み居る上位の先輩棋士たちを下して、いよいよ羽生を射程圏内に収めるようになる。
そんな折、聖の身体に癌が見つかった。「このまま将棋を指し続けると死ぬ」と医者は忠告。しかし聖は聞き入れず、将棋を指し続けると決意。もう少しで名人への夢に手が届くところまで来ながら、彼の命の期限は刻一刻と迫っていた…。
出典:公式ホームページ

映画予告編

所感

何が何でも結果を出したいという強い意志を持っているか?

村山聖さんのように、ネフローゼという難病を抱えて、例え体調が悪く自分の置かれている環境が許さなくても、何が何でも結果を出したいという強い意志を持てるだろうか?

本作の読後には、例え自分自身が何かに全力で取り組んできたという自負があったとしても、それは本当に自分の全力だったのかと問い直したくなり、

自分は全力のつもりでいただけではないのかという気持ちにさせられると思います。

自分には残された時間が少ないことを知っていた天才棋士の村山聖さん。

彼の精神を支えたものは、いったい何だったのでしょうか?

地位や名声などには全く興味もなく、自分の好きなことをやり続けたいというのも少し違う気がします。

それは、自分が大病を抱え思うように体が動かないという状況にあるからこそ、「自由」を欲したのではないでしょうか?

村山聖さんが目指す「谷川名人を倒したい」との信念

病気に苦しみ身体的・精神的な自由を手に入れることができない彼は、盤上で「頂点」に立つことを「自由」に見立てていたのではないかと私には感じられました。

実際、彼は名人になりたいという強い信念を持ちながら、「名人になって早く将棋を辞めたい」なんていう言葉も残しています。

常に付きまとう死の恐怖から解放され、誰にも脅かされずに盤上で生きる自由。

村山聖さんの人生感はここに集約されていたのではないかと痛感させられました。

泣かせようとして泣かせる作品ではない

近年は、泣ける作品とのお題目を集める作品が多いですが、本作は、「主人公が死ぬ」から感動するという世間一般のありきたりな作品ではありません。

それは、村山聖さんの人物描写にも表れています。

村山聖さんは身なりに無頓着であったこともあり、師匠に爪や髪を切るように言われた時のエピソードとして、「どうして、せっかく生えてくるものを切らなくてはいけないのですか。髪も爪も伸びてくるのにはきっと意味があるんです。それに生きているものを切るのはかわいそうです」などと、小さい頃から多くの死に直面してきた優しさのようなものも垣間見せます。

一方で、彼はプロになれずに落ち込んでやめていく仲間に「お前は負け犬だ」、「第二の人生なんてない」という厳しい言葉を浴びせる側面があったり、自分の体の状態を顧みずに無茶な行動をするなど、とても共感できないようなシーンも数多く登場します。

作品中に「ぼくは名人になるんだ」「時間がないんだ」という言葉が何度も出てきますが、これは「命が限られているからこそ輝いている」のではなくて「必死に自分の命を削ってまでも何かを成し遂げようとしているから」人の心を打つのだと私は解釈しました

羽生さんの見ている海はみんなと違う

という発言がありますが、この言葉に全てが集約されている気がしました

支える側の人間の重要性

村山聖さんは健康という面でハンデを負う人間でしたが、そうしたマイナスを相殺するかのように周囲からの多くの愛に恵まれた人でした。

両親と師匠の森7段を中心とした彼らの愛情がなければ、怪童と呼ばれるほど天才であっても将棋の道を進むことが出来なかったであろうと思われるからです。

弟子のために村山さんが大好きな少女漫画を買いに出掛ける森師匠のエピソードなどは、とても微笑ましく、師弟関係というよりも家族関係と言った方が近いのではないかとさえ感じるほどでした。

村山聖さんの生き方

本作を読むと多くの人は感動・感銘を受けると同時に「村山聖さんはやはり特別な人間でその生き方に感動こそすれど、自分には真似できない」、「少しの努力で命懸けと言ってはいけない」と少なからず感じるのではないでしょうか?

当然だと思います。

普通の人には到底真似できないことですし、だからこそ多くの人の心に響くのだと思います。

村山さんの人物像から受ける印象としては、「僕はそんな美化されるような人間ではないし、ただ好きなことをやっていただけ」などと発言なさりそうな感じも受けますが、読んだ方の心に響く何かが必ずあると思います。

最後に

本作は、将棋のことが全く分からない人でも十分楽しめる作品ですが、将棋好きで本作を未読・未視聴の方は今すぐにでも読んでいただきたいくらいの良作でした!!!

とにかく、言葉では伝えきれないくらい素晴らしい作品であり、映画版も良いですが、休みの日に夜に小説版をじっくり読むのがオススメです。

原作を読んでから出ないと映画版の感動も薄いと思います。

蛇足ですが、東出昌弘さんは演技面で非難されているのをよく見かけるのですが、映画版では主演の松山ケンイチさんを凌駕する神がかった演技で圧倒されました ^^) 

今まで読んだ小説の中でもトップクラスに生き方を考えさせられる作品であり、本作の素晴らしさについて語り合う場がほしいくらいです☆

 

この作品に出会えてよかった!!

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