株式投資に目覚めた群馬の至宝

「株式投資」をメインとしつつ、「御朱印集め」、「洋画鑑賞」、「語学勉強法」等を扱ったブログを運営しています

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日本のゆがんだ逆学歴差別

      2017/03/06

先日、「テレビはいつまで「勉強のできる優等生」をバカにし続けるのか 日本のゆがんだ逆学歴差別」と題する現代ビジネスの記事を読みました。

ここで書かれている内容は私もずっと違和感を感じていたことであり、記事を読んでいてとても共感しました。

株式投資で成功して「社会退出」する可能性の高い方には、この現代ビジネスの記事を是非とも読んでもらいたいと思いました。

なぜ日本は、いわゆる学校の勉強ができる人をバカにする風潮があるのでしょうか?

確かに、学校の勉強ができても役に立たないことも多いですが、学校の勉強ができるということは、言い換えれば、一定期間人よりも努力をしてきた人達です(一部の天才を除く)。

にも拘わらず、記事の言葉を借りれば、不思議なことに日本では、この何十年もの間、なぜだか勉強できる子が色眼鏡で見られ、勉強ができることに罪悪感を覚えるような状況が存在します。

つい先日も、某天才子役が超難関中学に合格したとの報道があった時も、女優業と学業を高いレベルで両立したことを称賛する一方で、「一日最高12時間勉強した」ということに対しては、小さい頃から親の言いなりで勉強させられて「可哀想」という的外れな意見があったりして驚きました。

スポーツで頂点に立つような優秀な人に対しては素直に称賛するのに、学校の勉強ができる人にはどこかバカにするような風潮もあります。

そして、そうした学校の勉強が出来る人に浴びせられるよく聞くお決まりのフレーズは、学校の勉強ができても社会で使えないというやつです。

そんなに自分が上に立って、マウンティングをしないと自分のアイデンティティーが保てないのでしょうか?

確かに、勉強以外の様々な能力の方が大事になることも多いと思いますが、勉強ができるということは少なくともプラスな要素なので、なぜ否定的な材料として扱うのかが私には正直理解が全く出来ません。

もちろん、コミュニケーション能力が低く、また、人を見下すような人として終わっている使いにくい人もいるでしょうが、どこのコミュニティーにも一定層でそうした方は存在するので、勉強の出来る出来ないの次元の話ではないと思います。

「社会退出」をする可能性が高いアーリーリタイヤを狙う投資家族としては、ぜひとも勉強を頑張って優秀な組織人に育ち、我々の分まで働いて社会貢献してくれる人材を増やすためにも、彼らを積極的に応援する必要があるのではないでしょうか?

 - 雑感