株式投資とニートの親和性 人はなぜ働かないで無職になりたいと思うのか 

株式投資とニートの親和性 人はなぜ働かないで無職になりたいと思うのか 

私のツイッターのタイムライン上では、「お仕事辛い」、「早く帰りたい」という言葉が溢れかえっていますが、みんな口にして言わないだけで、誰しもがそうした気持ちを少なからず持っていると思います。

 

実際、生活するために働いている人が大半であり、働かなくても平気な資産があれば大抵の人は働かないと思います。

 

ここで疑問に思うのが、十分な資産があれば働かないで暮らすことは可能ですが、実際に働かないで何もしていないでいられるかという資金面とは別の精神面の問題もあります。

 

今回は働きたくない気持ちを全面に押し出すとともに、ニート適正について考えながら、「人はなぜ働かないで無職になりたいと思うのか」について考えてみたいと思います。

ニート適性という特殊な才能

人間には「ニート適性」とでも形容すべき特殊な能力・才能があると考えています。

 

通常の精神力の人間は(おそらく私もそうだと思います)半年〜1年程度無職でいると、無制限の自由が逆に苦痛となって限界が到来するでしょう。

 

強制的に働かさせられている状態の中で、仕事を長期間休める夏休みやお正月などは最高のひとときであり、終盤になるともう休みが終わってしまったと感じますが、この休みが長期間にわたって継続すると、「ニート適正」という特殊な才能がないと逆に精神的に病んでくると思います。

 

夏休み程度の期間においても、後半になるとやることがなくなって困るという人もいると思います。

 

だからこそ、定年後に家にいてもすることや居場所もなくてやりがいを求めて仕事をする人が多かったりもするのでしょう。

 

すなわち、半年〜1年間程度の間、全く何もせずに暮らしていて苦痛と思わないなら、それはもはや才能と呼べる代物だと私は考えています。

 

親に寄生しているニートは甘えすぎで論外ですが、自分が稼いだお金でニートをやるのは別に悪いことではないと個人的には考えています。

 

ただ、そうした人種は概して、社会性が欠如しているだけで、仕事の能力等の各種スペックは極めて高いケースが多いということもあり、日本社会にとって明らかなマイナスであるので、そうした観点からは、こうした人が増えていくと一抹の不安を覚えます。

ニートの適正があるかどうかを確認

では、どんな人がニート適正があるのでしょうか?

 

具体的には、以下に挙げる要素の中で半分以上当てはまる人は1流のニート適正があり、満点に近い人は超1流のニート適正があると思います。

 

こうした適正があるニートエリートならば、働かなくても平気な資産を築いたら無職のニートに自信を持ってなれると思います。

 

1 素直さの欠如:周囲がやっていることがバカみたいに思える

 

2 社会性の欠如:自分がやっていることを他人に知られるのが嫌い

 

3 協調性の欠如:とにかくもう放っておいてほしい

 

4 同調性の欠如:誰かを凄いと思ったことがなく、尊敬する人もいない

 

5 共感性の欠如:誰かと分かり合えたことはない

 

6 信頼性の欠如:自分でやった方が効率が良いと考えている

 

7 真面目さの欠如:計画性のある行動ができない

 

8 成長力の欠如:変化を嫌い現状に甘んじて変わろうとしない

 

9 努力する心の欠如:実際はできないやればできるの口だけ野郎

 

10 成熟性の欠如:自分には他人にはない才能があると感じている

 

私の場合ですと、「周囲がやっていることがバカみたいに思える」、「とにかくもう放っておいてほしい」、「自分でやった方が効率が良いと考えている」、「変化を嫌い現状に甘んじて変わろうとしない」、「自分には他人にない才能があると感じている」の半分が該当しました。

 

あれっ?

 

ちょっと待って…

 

 

私は、おそらく1年も何も生産的なことをしていないと精神がおかしくなりそうだと自分では認識していましたが、先ほどのテストで半分以上該当していることを踏まえると、私にもビギナーレベルのニート適正あるような気がしてきました()

 

では、私も1年間株ニートをやってみると仮定して、なぜ自分は働かないで無職になりたいのか考えてみたいと思います。

なぜ、働かないで無職になりたいのか

私の場合、どうして働きたくないのかと言うと、

  • 人に指示されるのが嫌い
  • 無能な人間の下で働くのが嫌だ
  • 無駄な仕事にストレスを感じる
  • 毎日決まった時間に起きるのが嫌だ
  • 都合の良いように使われてイライラする

 

(この理由だけ見ると私自身が傲慢なクソ野郎だと思われるリスクが…)

 

こうやって見てみると分かりますが、私の場合は「働きたくない」という純粋な気持ちもあるものの、「無駄なことをしたくない」とか「人に使われるのが嫌だ」というような気持ちが強いということが言えそうです。

 

こう考えてみると、自分の好き勝手に裁量権のあることなら、働かなくても十分な資産があっても私の場合は働いても良いと考えそうな気がします。

 

当然、実際にその環境において見ないと分かりませんが、例えば、ブログ等を通じて収入を得るとか、学習塾をやるとか、働くことがストレスと感じない仕事であれば継続できそうな気がします。

株式投資とニートの親和性 株ニートはある意味合理的な判断

ここで「ハッ」と思ったのが、先ほどのニート適正検査を思い返してください。

 

これって物凄く、株式投資に必要な能力がたくさん入っている思いませんか?

 

株式投資とニートは親和性が非常に高く、株ニートはある意味合理的な判断の下に成り立っているのではないかとすら考えてしまいました。

 

ちょうどこの記事を書いている時に、以下のようなツイートが流れてきてニート適正が正に当てはまると思いました()

常識がある、社交性がある、協調性がある、思慮深い、こういう人は株式投資には向いていません。長く生き残っているのは、どこかおかしい、サイコパス度が高い、普通じゃない人ばかり。 「社会不適合者による、真夜中にひっそりと開催される不思議なオリンピック」。 それが投資の世界なんですね。

働きたくないという気持ちは自然な感情だと思う

実社会ではこうした気持ちを表立って表現すると村八分に合いそうな勢いですが、こうした気持ちは自然な感情だと思います。

 

自分が好きでやりたいことを仕事にできる人なんて本当に一握りですし、大抵はやりたくない仕事だったり、好きではないが自分の得意なことを仕事にしていたりするものです。

 

本音を言えば、私も働きたくないです。

 

というか、まだ辞めるには届きませんが、私もそれなりにお金貯まってきたので、職場で強気な態度に出て、「私は基本嫌なことはやりたくないし、毎日定時で帰りたくて仕方ないから無駄なことはやりません。そして、あまりにも理不尽なことを要求するならいつでも辞めますから」と人事面談で牽制するくらいには成長できました。

 

ストレスがたまることも多いですが、ツイッターを開くと、「毎日お金減って辛い」、「早く帰りたい」、「明日仕事休みたい」とかいう癒しの言葉がたくさんあって元気をもらえます。

 

ただ、私の場合は「働きたくない」という純粋な気持ちもあるものの、「無駄なことをしたくない」とか「人に使われるのが嫌だ」というような気持ちが強いということ分かったので、自分の好き勝手に裁量権のある仕事なら継続するかもしれません。

 

その場合、株ニートかブロガーか個人塾の経営あたりを選択肢として今のところ考えています。

 

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