【株式投資における精神力・メンタル】資産変動・ボラティリティの大きさにどう向き合って行くか?

【株式投資における精神力・メンタル】資産変動・ボラティリティの大きさにどう向き合って行くか?

資産高値から大きなドローダウンを受け精神・メンタル面でのダメージ

今年は現在までのところ、最大で年初来+75%くらいと有頂天になっていたら、結果としてはそこから-50%以上のドローダウンという惨劇に襲われています。

 

利益が出ているので良しとしなければなりませんが、高値から落とされると精神的にきます

 

そこで、今回は資産変動・ボラティリティの大きさにどう向き合って行くかということについて記事にしました。

資産変動・ボラティリティの大きさにどう向き合って行くか?

大きなドローダウンに慣れてきたとはいえ資産高値から綺麗なロフテッド軌道を描き、お金が減り過ぎて泣きそうになりました..

 

資産運用ではパーセントで考えることが大事だと言われますが、運用資産が増えてくると数パーセントでもとんでもない額になり、金額ベースで考えてしまうと精神がリアルに崩壊してしまいます。

 

実際、上げたところで利益確定したりして他の銘柄と分散させつつ、乗り換えたりしていけば安定的に利益を積み重ねられるのは分かっているのですが、売買があまり得意な方でもないですし、私の性格上、そうしたことをしていると本当に大きな上げがきた時に上げを確実に取れなくなってしまうので甘んじてドローダウンを受け入れています。

 

ヘッジで多少の空売りはしています

 

いったん外して様子見をしているうちに、もう精神的に買い戻せない上げをなんども経験してきた結果としての決断です。

 

それに、私が求めているのは安定性ではありません

 

もちろん、安定的に増やしている人を見るとうらやましくもなりますが…

 

ここで考えさせられるのが、この資産変動・ボラティリティーの大きさにどう向き合って行くのかということです。

 

この銘柄でお金持ちになると決めたので、余程の想定外のことが起きないといくら下げても上げても売りませんが、こうしたスタンスでいるなら株価の日々の変動なんかみなくても良いのにどうしても見てしまいます。

 

敢えて理屈をつければ、主力の上昇を待つだけでいると他の銘柄に対する感応度も落ちてしまうこと、スイングもいくらかやっていること、信用枠でも主力を買っていることの3つが原因になっているんだと思います。

小型の新興株と日々の株価の値動きと精神力・メンタルの問題

そこで、具体的に問題になってくるのがメンタル面の問題です。

 

特に、時価総額の小さい小型の新興株を保有していると日々の資産変動が大きく、何も理由がないのに±10%前後の資産変動が生じることなんか頻繁に起きます。

 

運用期間を短くとると、ポートフォリオのリターンではなくリスクを観察することになります。

 

こうした偶然というランダム性に気をとらわれ過ぎ、日々のノイズのような株価の動きを気にし過ぎると、精神的に疲れてしまいます。

 

なぜなら、人は「苦しみ(損失)は喜び(利益)で相殺できないようになっており、感情・情緒面では完全に赤字になるからです。

 

だからこそ、下げた時は誰よりも株辛いとアピールしつつ、上げた時にはこれでもかとパフォーマンスをどやる必要性もあるのが人間らしい行動なのかもしれません()

 

この点、一部の心理学者によると、平均的な損失で人が感じる苦しみは、同じだけの利益で人が感じる喜びの2.5倍のインパクトを持つようです。

株価の変動を気にし過ぎることによる精神・身体的な影響

時価総額の低い小型株の日々のノイズのような株価を毎日頻繁にチェックする行為は、時にはとても苦しんだり、喜んだりしますが、この2つが相殺してゼロになることは決してない無駄な行為とすら言えます。

 

こうしたことを分かった上で、株価の変動を無視して気にしないようにできる変人は良いですが、普通は多少は気にしてしまうものです。

 

そして、タレブ著の「まぐれ」によると、この種のストレスや苦しみは、行きすぎると神経系にひどい影響を及ぼすとの調査もあるそうです。

よく起きる症状としては高血圧などで、稀に起きる症状としては、ストレスによる記憶障害、脳の柔軟性の低下、脳障害などがあるとされています。

 

ここまで行かなくても、株式投資を始めて運用資産が増えたことで、日常生活では考えられない大きな資産変動を経験している人は、いくら慣れてくるとは言えども、精神的な影響だけではなく、身体面に何らかの不調を感じたことがある人もいるかもしれません。

 

こうしたトレードがもたらす身体的な影響については、まだ完全に明らかになっていません。

 

自分ではどうにもできない「ランダム性」に毎日振り回されていたら、余程のサイコパスではない限り、心理的な影響を受けるのは間違いないでしょう。

 

自分の感情をコントールできると思っているなら大間違いで、だからこそ意識的に感情面の影響を下げるための簡単な投資法を選ぶ人が多く、投資していることを忘れるくらいの人が意外と好成績だったりもするのです。

 

小型株の日々の値動きのような「ノイズ」と「シグナル」の違いについて、以下のように表現している賢人もいます。

神は将来を見、凡人は現在を見るが、賢者はもうすぐ起きることを見る。

──古代ギリシャのソフィスト(古代ギリシアで活躍した弁論家)
 
賢者には意味(シグナル)が聞こえる。馬鹿には雑音(ノイズ)しか聞こえない。
──ナシーム・ニコラス・タレブ

まとめ 

株式投資をやっていると、思い通りにならずに損をしたり、上手く行かない局面が誰にでも必ずやってくるでしょう。

 

投資では、思うように行かない時間帯の方が多いくらいなのではないでしょうか?

 

こんな時には、忍耐の時間が続きますが、株式投資における忍耐が難しいのは、今後の株価はどうなるか誰にも分からないという不確実性に満ちた中で、ただ黙って耐えるだけではなく、心が折れずに自分を信じ、最後に利益が確保できなければ、途中の我慢は何の意味もなくなってしまうという点があります。

 

時価総額の小さい小型の新興株を保有していると日々の資産変動が大きく、何も理由がないのに±10%前後の資産変動が生じることなんか頻繁に起きますので、こんなのを気にしていたら余程のサイコパスではない限り精神が持ちません。

 

株式投資は、短期的には他の市場参加者とのお金の奪い合いの結果を多分に含んでいますが、長期的には企業の努力の成果として利益をともに享受することになります。

 

当たり前ですが、前者の方が圧倒的にハードルが高いです。

 

そこを避けて戦うのは賢明と判断する人もいるでしょうし、逃げと評する人もいるかもしれませんが、戦う舞台は自分が勝てそうな領域ならどこでも良いのです。

 

難易度が比較的低い、長期的に企業の努力の成果を享受する方を選んだとしても、今度は日々のノイズのような値動きを必要以上に気にしてしまうかもしれません。

 

自分では気にしていないつもりでいても、感情をコントロールすることは不可能なことは自覚した方が良いでしょう。

 

理屈では分かっていても、それと行動を一致させるのはまた別問題ですし、適度な距離感を持ってマーケットと向き合い、この激しい資産変動に耐えて花が開くその時を静かに待ちたいと思います。

 

そもそも、集中投資とは、リスクを抱きしめた上で他の人たちが利益を上げている中でも耐える忍耐力が試されているのですから…

 

さて、今日もみなさんの爆益報告を泣きながらチェックしたいと思います()

 

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